大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 昭和51年(ネ)147号 判決 1977年5月16日

控訴人

兼久シゲリ

右訴訟代理人

梶原暢二

被控訴人

大原晴夫

右訴訟代理人

白石隆

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人主張請求原因事実は第一、第二土地の範囲の点を除き、すべて当事者間に争いがない。

二そこで、本件土地につき、農地ならびに宅地として賃貸借がなされた範囲についてまず検討する。

<証拠>を総合すれば、本件第一、第二土地はもと一筆の水田であつたこと、控訴人先代がこれを訴外野口春子に貸与していたところ、被控訴人先代弥太郎が右春子のあとを引きついで借受けたこと、その後、弥太郎は右借地の西北部分に居宅を新築するため、約四五坪を宅地として借受けることとなつたこと、そして右部分を埋立て、昭和二六年頃本件家屋(後、増改築)を新築居住したこと、その後該宅地部分は分筆せられ、地目も宅地に更められたもので、これが本件第二土地に該ること、(い)、(ろ)の土地の合計面積が右第二土地の公簿面積に一致すること、本件建物は当初建物内部東側に、南北通り抜けの通路であつたため、建物の外側(東側)には人の通れる程度の通路しか存しなかつたが、昭和四九年前半に被控訴人が本件建物を増改築し、右通り抜けの通路を廃したこと、それより前の昭和四四年頃、被控訴人は控訴人に無断で外側(東側)を通行するために前記(は)の土地を埋立てて通路としたこと、結局控訴人先代が宅地として被控訴人先代に賃貸した部分は右(い)、(ろ)の部分に該るとみるのが相当であり、従つて農地として賃貸した部分は右以外の(は)、(に)、(ほ)に該当するものであること、以上の事実が認められる。

三そこで以上の認定を前提として双方の主張について判断する。

(一)  被控訴人主張の抗弁1ならびに控訴人の再抗弁1について。

(に)、(ほ)の土地について被控訴人主張抗弁事実1は当事者間に争いがなく、前認定のように(は)の土地も、右(に)、(ほ)とともに被控訴人が賃借権を承継したものというべきであるが、賃借権につき農地法所定の許可を受けていないことは被控訴人の争わないところであるから、被控訴人は農地たる右(は)、(に)、(ほ)の土地につき有効に賃借権を取得するに由ないものといわねばならない。

(二)  被控訴人の抗弁2ならびに控訴人の再抗弁1、2について。(時効関係)

(1)  <証拠>を総合すれば、大原弥太郎は昭和二四年初め頃から、その相続人たる被控訴人は昭和三二年五月一〇日から、いずれも前記(は)、(に)、(ほ)の土地(水田)を耕作して占有を開始し、昭和二四年から昭和四七年まで毎年末約定賃料(昭和三九年以降農地法所定小作料の標準額による旨の合意がある。)を控訴人に支払つて来たことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(2)  しかして民法一八六条により、右占有は善意、平穏、かつ公然になされたものと推定される。尤も農地の賃借権の設定、移転については知事の許可を要するものであることは一般に周知の事実といつてよく、被控訴人側において少なくともこの点についてその占有に過失のあつたことは免れない。

(3)  そして被控訴人が本訴において時効を援用したことは明らかなところである。

(4)  そうすると民法一八七条一項、一六三条、一六二条一項により、被控訴人は、遅くとも昭和四四年初め頃には、(は)、(に)、(ほ)の土地の賃借権の取得時効が完成し、昭和二四年初め頃に遡つて右賃借権を原始取得したものということができる。

(5) ところで農地の賃貸借契約については本件賃貸借契約のなされた当時から知事(後に農業委員会)の許可のない限り、その効力はないものとされ、本件についても所定の許可のないことは前記のとおりである。しかして右の許可の制度は農地法所定のとおり、国の農業政策等の公益的目的に出たものであるから、時効の場合においても、許可のない限り、権利を取得し得ないのではないかとの疑問が生ずる。

しかし同法の規定する許可は任意取引に基づく賃借権等の権利の移動を統制する趣旨であつて、時効による権利の取得を禁止したものとは解せられない。又実質的にも、その後の経済的、社会的事情の変遷、同法の改正経過等に照らしても、平穏、公然に用益を継続した者の事実的支配を保護すべき時効制度による賃借権の取得をも知事の許可のない限り、認め得ない程強い公益的要請があるものとは解し難いところである。(本件については地元農業委員会においても特に無許可の耕作を問題としたような事実も窺い得ないところである。)

(6)  控訴人は、被控訴人らの右占有が隠秘である旨主張するけれども(再抗弁2)、隠秘の占有とは、占有の存在を知るにつき利害関係を有する者に対し占有者が占有を隠匿することにつとめた場合に存在するものであつて、控訴人主張のように農地法所定知事の許可を受けないで耕作を継続したとか、農業委員会への届出をせずに耕作を継続したとしても、これだけで占有の公然性が害されるわけではなく、その他被控訴人らが隠秘の占有をしたことを認めるに足りる証拠は存しないから、控訴人主張のこの点に関する再抗弁2は失当である。又控訴人は被控訴人が昭和四四年頃農地の一部を宅地化したことは強暴による占有である旨主張するけれども、右農地の宅地化が同年の初め頃の時効完成の前か後かは明確を欠くが、仮りにその前であつたとしても右宅地化の実情は後記認定のとおりであつて、これをもつてその占有が強暴であるということはできないから、この点に関する控訴人の主張も理由がない。

(三)  控訴人主張の再抗弁3について

(1)  弥太郎に賃貸した当時前記(は)、(に)、(ほ)の土地が水田であつたこと、被控訴人が昭和四四年頃控訴人に無断で(は)を埋立ててこれを宅地(通路)としたことは、前記二認定のとおりである。

(2)  <証拠>によれば、被控訴人は、控訴人に無断で昭和四四年頃前記(に)の土地の北側約四割の水田に赤土を入れて畑としたことが認められる。

(3)  <証拠>によれば、右(2)の畑部分の地積は僅か三三平方メートル(本件第一土地の三%弱)にすぎず、かつ現況宅地部分と水田部分の高低差0.1メートルの中程まで赤土で地盛りしたにすぎないことが認められ、右事実によれば、これを水田に復旧するのは極めて容易であることが明らかである。

そうすると、被控訴人には、右畑地化に関する限り背信行為とならない特断の事情があるといわなければならない。

(4)  <証拠>によれば、(は)の土地の地積は僅か三四平方メートル(本件第一土地の三%)にすぎないことが認められる。また、<証拠>によれば、被控訴人は、宅地化ののちである昭和四四年末から昭和四七年末まで本件第一、第二土地全部の賃料を控訴人に支払つていることが認められるので、控訴人は、右宅地化を黙示的に事後承認していたことが推認される。

そうすると、控訴人が右宅地化を理由に本件第一土地の賃貸借契約につき法定解除権を行使するのは信義誠実の原則に反するものとして許されないといわなければならない。

従つて、控訴人の背信行為を理由とする本件第一土地の賃貸借契約解除の再抗弁3は理由がない。

なお控訴人は(ろ)の土地についても再抗弁3において同様の主張をするけれども、右の土地は前認定のとおり宅地として賃貸されたものであるから右主張は理由がない。

(四)  控訴人の再抗弁4について。

(1)  控訴人は、本件建物の朽廃を前提にして本件第二土地の賃貸借契約を主張するけれども、本件建物の朽廃を認めるに足りる証拠は存しないので、賃貸借終了の再抗弁4(1)は、その前提を欠き失当である。

(2)  さらに、控訴人は、被控訴人が本件建物は旧建物を全部取壊して新築されたことを前提にして背信行為による本件第二土地の賃貸借契約の解除を主張するけれども、右主張事実を認めるに足りる証拠は存しないから、右再抗弁4(2)もその前提を欠き失当である。

(3)  なお、(は)、(に)の土地の宅地化については、前記(三)認定のとおり背信性が認められないから、右宅地化が背信行為にあたるとして本件第二土地の賃貸借契約を解除する旨の再抗弁4(3)はその前提を欠き理由がない。

四従つて、被控訴人は、本件第一、第二土地について、賃借権に基づき、これらを適法に占有しているものというべきである。

五以上の次第であつて、控訴人の本訴請求はすべて失当であり棄却すべきところ、これと同趣旨の原判決は相当であつて本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法八九条、九五条を適用して、主文のとおり判決する。

(合田得太郎 古市清 辰巳和男)

目録、図面<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例